パミラ・ザガレンスキーの『マイツ・トゥ・マストドンズ』
この連載では逆アルファベット順に、つまりラスト・ネームの頭文字がZである作家たちとその作品から、順番に紹介している。Aをめざして、いま日本で手に入る海外の新刊絵本を、すべて紹介したいと願っている。Zの最初の人はリスベート・ツヴェルガー Lisbeth Zwerger だった。第1回は彼女の作品を、いま手に入るかぎり、採り上げた。第2回目はザガレンスキーから始まる。パミラ・ザガレンスキー Pamela Zagarenski だ。いま僕の手もとには彼女の作品が2冊ある。そのうちの1冊、『マイツ・トゥ・マストドンズ』 Mites To Mastodons は2006年にボストンで出版された。『アップ・カントリー』 Up Country という詩集で1973年度のピューリッツア賞を受けたマキシーン・キューミン Maxine Kumin という女性の詩に、ザガレンスキーが絵をつけたものだ。
題名にある mites とは、ごく小さなもの、という意味の言葉の複数形だ。ダニという意味もある。しかしここでは、植物に寄生するかのように集まって来る、小さな粒のような生き物を、一般的に指しているようだ。絵に描いてあるとおり、てんとう虫を小さくしたような生き物だ。そして mastodon はそのまま片仮名にして、マストドンで日本語だ。象のもっとも巨大なもの、と思えばいいだろう。
題名のとおり、いろんな動物や生き物が、それぞれ一編の詩の主人公になっている。主人公にしたどの動物や生き物に対しても、明るく優しい平等感にあふれた視線を失うことなく、最初から最後までセンスの良さがくっきりと維持されている。これほどの詩があれば、絵本作家なら誰でも、それに絵をつけたくなる。ザガレンスキーの絵も素晴らしい。すでに存在している物語や詩などの文章に絵をつける、という方法は絵本づくりの基本のひとつだ。ザガレンスキーはその方法を見事に成功させている。限度いっぱいまでふくらませた想像力を、自分が持っている絵の能力で絵本のページの上に、絵として実現させていく過程には、高い満足度が無数につらなるのだろう。動物を主人公にした絵本はたくさんある。そのような絵本は、どれもが魅力的な動物園だ。現実の動物園には絶対にいない動物たちに、そこでは出会うことが出来る。
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| 『マイツ・トゥ・マストドンズ』マキシーン・キューミン 詩、パミラ・ザガレンスキー 絵 |
| "Mites To Mastodons" poems by Maxine Kumin, illustrated by Pamela Zagarenski, 2006 |
「謝罪」と「許し」の詩……ザガレンスキーの『ディス・イズ・ジャスト・トゥ・セイ』
もう一冊の作品、『ディス・イズ・ジャスト・トゥ・セイ』 This Is Just To Say は2008年の作品で、ジョイス・シドマン Joyce Sidman という女性の書いた詩に、パミラ・ザガレンスキーが絵をつけたものだ。構成はやや凝っている。ほんのちょっとしたことなので相手はもう忘れているかもしれないが、自分としてはずっと気になっていて、ときどき思い出しては、どうしたらいいのかと軽く悩んだりするから、いっそのこと謝りの気持ちを詩に書いて送ろう、と決意するところから、学校のクラスの子供たちが、いろんな内容の謝りの詩を書き、手紙として謝るべき相手に送る。受け取った相手も、返信として詩を送ってくれる。謝りと許しとで一対になった詩を、クラスの生徒全員分で一冊の本にまとめたのがこの作品です、という構成だ。実際にこのような出来事がどこかの学校であったのではなく、ジョイス・シドマンがフィクションとしてひとりで作った詩だ。ごく軽度の、したがってユーモアのある、なんでもない謝罪と、それに対する、おなじくユーモアのある許しが、どちらも一編の詩になっていてなおかつ一対である、というところが発想の要だろう。
パミラ・ザガレンスキーの絵は、 Mites To Mastodons のときとはまるで違っている。それぞれに個性豊かな子供たちが、身のまわりにあるいろんな紙に描いた絵、という想定のもとにザガレンスキーが才能を発揮してみせた。日常のなかでごく気楽に、気持ちのおもむくままに、イラストレーションを描くのが好きな人は、若い女性たちのなかにたくさんいるだろう。そのような人たちにとって、この絵本は発想や描きかたの技法などに関して、バイブルのような一冊となるはずだ、と僕は思う。プロにでもならないかぎり、これ一冊で一生間に合うかもしれない。
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| 『ディス・イズ・ジャスト・トゥ・セイ』ジョイス・シドマン 詩、パミラ・ザガレンスキー 絵 |
| "This Is Just To Say" poems by Joyce Sidman, illustrated by Pamela Zagarenski, 2008 |
ポール・O・ゼリンスキーが描いた『ヘンゼルとグレーテル』
ザガレンスキーの次は、ポール・O・ゼリンスキー Paul O. Zelinsky だ。絵本作家としての豊かな実績に関して、ここで僕が書くのもいまさらのような気がしなくもない。僕の手もとにはいま彼の作品が6冊ある。出版された時代が遠いものから順に、手に取っていこう。グリム兄弟の残した童話のなかで、おそらくもっとも広く親しまれているのは、『ヘンゼルとグレーテル』 Hansel And Gretel だろう。兄弟がドイツの民話をひとまず集め終えた1810年、そしてそれが本として出版された1812年のヴァージョンを忠実にたどりながら、リカ・レッサー Rika Lesser という人が再話したものに、ゼリンスキーが絵をつけた。その文章と絵は、現代において絵本として出版された『ヘンゼルとグレーテル』の、貴重な定本のひとつだと言っていい。
濃密に描かれた絵は、表紙や見返しを含めて、19点ある。どのひとつも、何度も詳細に繰り返される鑑賞や観察の視線に、いつまでも耐えることが出来る。絵本の傑作、というもののきわめて高度な見本のひとつが、ここにある。1984年に出版された。グリム兄弟のこの物語を幼い子供に聞かせるときには、ゼリンスキーのこの絵を見せながらにしたい。この話を受けとめ、この絵を見て、子供はなにを思うだろうか。
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| 『ヘンゼルとグレーテル』グリム兄弟 作、リカ・レッサー 再話、ポール・O・ゼリンスキー 絵 |
| "Hansel And Gretel" by Brothers Grim, retold by Rika Lesser, illustrated by Paul O. Zelinsky, 1984 |
グリムの奇妙なお話……ゼリンスキーの『ランペルスティルトスキン』
おなじくグリム兄弟の民話から、ゼリンスキー自身が再話して絵をつけた『ランペルスティルトスキン』 Rumpelstiltskin は、1986年に出版されたものだ。ゼリンスキーの絵は幻想の濃密さをさらに一段と高めている。表紙とおなじ絵が本文のなかにないのは、『ヘンゼルとグレーテル』とおなじだし、見返しにある絵も、おなじく深い感嘆に値する。表紙の絵のなかで亜麻を紡いでいるのが主人公で、その名はドイツ語読みにするなら、ルンペルシュティルツキンとなる。亜麻を紡ぐ小さな人物の様子を見ているのが、王妃だろう。年齢的には充分に大人になっているはずの僕がいま読み返しても、すこぶるつきの奇妙な話だとしか言いようがない。![]() |
| 『ランペルスティルトスキン』グリム兄弟 作、ポール・O・ゼリンスキー 再話、絵 |
| "Rumpelstiltskin" by Brothers Grim, retold & illustrated by Paul O. Zelinsky, 1986 |
ゼリンスキ−の童謡しかけ絵本『バスの車輪』
ゼリンスキーはポップ・アップの本も作っている。『バスの車輪』 The Wheels On The Bus という1990年の作品だ。おなじ題名の短い民謡を発想の土台に使い、その上に立ってイマジネーションを思う存分に展開させた、じつに愉快なポップ・アップだ。この本は子供たちにたいそう人気がある。読んだり見たりするだけではなく、しかけの部分を動かして遊ぶことの出来る本として、高い人気はそのままずっと続くことだろう。僕もこの本で何度も遊んだ。本のぜんたいにわたって仕込んである仕掛けは、基本的なものばかりだが、ゼリンスキーの絵の面白さは、半端なものではない。信じられないほどに才能は豊かであり、その才能で想像力のなかに彼が見る世界を、街のなかを走る一台のバスを舞台にして、惜しげなく全開にしてある。描き込まれたディテールは、細かく観察すればするほど、新たな発見があってその面白さはつきない。
老若男女、人種さまざま、階層いろいろの人たちを乗せた一台の路線バスが、終点であるオレンジ・ストリートへと向かっていく。乗降口のドアが観音開きになる様子や、雨が降ってきたので乗客が窓を閉める動作、そして運転席正面の窓の雨滴をぬぐうワイパーの動きなど、いま僕はひとしきり楽しんだ。赤子を抱えたお母さんが3人乗っていて、赤子が3人とも声を張り上げて泣きだす様子も、ポップ・アップになっている。いろんな自動車を主人公にした絵本を集めたことがあったが、集まったなかでゼリンスキーのこの作品は出色の出来ばえだった。
アメリカ開拓時代のほら話……ゼリンスキ−の『スワンプ・エンジェル』
1994年の『スワンプ・エンジェル』 Swamp Angel も、その出来ばえは見事と言うほかない。アニー・アイザックス Anne Isaacs という人が書いた、開拓期のアメリカを舞台にした民間伝承のほら話のような物語に、ゼリンスキーが絵をつけている。絵のタッチはグリム兄弟の話やバスのポップ・アップとは、ひと味もふた味も異なっている。現代の創作だが、あまりにも良く出来ているから、現代から時間を過去に向けていっきにさかのぼり、遠い昔に人々によって現実に語られたほら話の位置へ、すんなりと収まりそうな気配すらある。![]() |
| 『スワンプ・エンジェル』アニー・アイザックス 作、ポール・O・ゼリンスキー 絵 |
| "Swamp Angel" by Anne Isaacs, illustrated by Paul O. Zelinsky, 1994 |
ほどよい不気味さが漂う、ゼリンスキ−の『ラプンゼル(ラプンツェル)』
ポール・ゼリンスキーの1997年の作品、『ラプンゼル』 Rapunzel は、『ヘンゼルとグレーテル』や『ルンペルシュティルツキン』とおなじ傾向のものだ。題材となった基本的なストーリーは、ウィルヘルムとジェイコブのグリム兄弟の民話コレクションからのものだ。しかしストーリーじたいの起源は古く、グリム兄弟が集めた頃から20年以上前に、フランス民話からおおまかに翻訳されたものが存在し、さらにそれの起源はイタリーの古い民話までさかのぼるという。愛する娘の成長を喜びながらも、いつまでも娘を自分の手もとに置いておきたいと願う母親、そして最後には彼女のもとを離れ、愛し合う男性とともに世のなかに向けて出ていく娘という、時代を越えて人々の気持ちをとらえる物語が、絵本のなかでのみ可能なファンタジーへと転化されている。
ゼリンスキーが得意とする油絵が、最大限にその効果を発揮している。ルネッサンスの頃のイタリーの絵画から見つけてきた様式だろう。建物も樹木も人物も、具体的に存在しているものはすべてリアリズムを旨として克明に細密に描き出す。遠近法の法則をどこかでほんの少しだけ無視しているからだろうか、それとも描かれている物と人との大きさの比率に工夫があるからだろうか、見れば見るほど不思議な世界が立ちあらわれ、そこにはファンタジーを支える力としての、絶妙にほどよい不気味さが、空気感として漂う。ゼリンスキーの絵本のなかだけで体験することの可能な、いつのどことも知れない遠い遙かなヨーロッパの幻想空気、というものがあると僕は思う。
数え歌のしかけ絵本……ゼリンスキ−の『ニックナック・パディワック』
2002年に出版された『ニックナック・パディワック』 Knick-Knack Paddywhack は、さきほど紹介した『バスの車輪』に次ぐ、ゼリンスキーの傑作ポップ・アップ本だ。折り畳んである紙細工がページを開くと立ち上がる、というだけのポップ・アップではなく、立ち上がる部分はひとつもないから、この本をポップ・アップとは呼ばないほうがいいだろう。表紙には副題のように、「動く部分がいくつもある本」というフレーズが、タイトルの下に添えてある。たくさんある動く部分を作ったのは、アンドリュー・バロン Andrew Baron という人だ。“ディス・オールド・マン” This Old Man という題名の、昔からある民間伝承のようなごく短い歌が、この本を発想したときの出発点となっている。『バスの車輪』の場合とまったくおなじだ。裏表紙に譜面が掲載されている。ごく短いナンセンス・ソングだが、子供に数をかぞえることを教えるための、カウンティング・ソングとして親しまれている。
10歳くらいの男のこが犬を連れて散歩に出る。その途中、いろんなところで、さまざまに愉快なかたちで、 This Old Man と呼ばれる小さな人物が、少年に1から順番に数を教えていく。 This Old Man は数ごとにそれぞれ別な人で、合計して10人いるようだ。最後のページで少年は自宅へ帰ってなかに入り、1から10までの This Old Man 10人が一堂に会する。その10人が紙細工のしかけによって盛大に動く。初めから終わりまで、めくる部分や動く部分がたくさんあり、楽しさはつきない。
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| 『ニックナック・パディワック』ポール・O・ゼリンスキー 脚色、絵 |
| "Knick-Knack Paddywhack" adapted & illustrated by Paul O. Zelinsky, 2002 |
マーゴット・ツェマーックの『ダフィと悪魔』
Zemach という名前も絵本の世界ではよく知られている。片仮名ではツェマーックという書きかたになるだろう。夫がハーヴ・ツェマーック Harve Zemach で、奥さんはマーゴット・ツェマーック Margot Zemach だ。夫婦で合作した絵本が何冊かあり、そのなかの1冊だけがいま僕のところにある。1973年に出版された『ダフィと悪魔』 Duffy And The Devil という作品だ。基本的にはさきほど紹介したルンペルシュティルツキンとおなじ物語だが、イギリス南西端の州であるコーンウォールに、古くから語り伝えられているヴァージョンをハーヴが語り直し、ペンとウォッシュで妻のマーゴットが絵をつけた。絵本には王道がいくつかあり、この作品はそのうちのひとつを、余裕たっぷりに堂々と歩んでいる。マーゴット・ツェマーックのようなタッチの絵をことのほか好む読者も、多いに違いない。マーゴット・ツェマーックは1931年に生まれた人だ。夫のハーヴが書いた文章に彼女が絵をつけることによって、絵本作家としての道を歩み始めたのが1959年のことだったという。1989年に残念ながらこの世を去った。彼女が絵を描いた絵本は、自作の文章や夫の文章のものなど、すべてを含めて40冊ほどあるという。
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| 『ダフィと悪魔』ハーヴ・ツェマーック 再話、マーゴット・ツェマーック 作 |
| "Duffy And The Devil" retold by Harve Zemach, illustrated by Margot Zemach, 1973 |
ユダヤに伝わる古いお話……ツェマーックの『イット・クッド・オールウェイズ・ビー・ワース』
その彼女の絵本が、いまは2冊、僕の手もとにある。そのうちの1冊は1976年の、『イット・クッド・オールウェイズ・ビー・ワース』 It Could Always Be Worse という作品だ。ユダヤ人の世界に古くから語り伝えられている民話を、マーゴットが再話しつつ、絵も添えた作品だ。絵のタッチとしては、僕はこの作品がいちばん好きだ。じつに見事に絵本の絵だが、同時にそれは芸術にも到達している。モーリス・センダック Maurice Sendak はマーゴットについて、「アメリカで衰退していた絵本を復活させるにあたって大きな力を発揮し、なおかつ絵本を芸術へと高めることに、多大な貢献を果たした」と言っている。そのとおりだ。![]() |
| 『イット・クッド・オールウェイズ・ビー・ワース』マーゴット・ツェマーック 再話、絵 |
| "It Could Always Be Worse" retold & illustrated by Margot Zemach, 1976 |
ツェマーック最後の絵本『サム・フラム・ザ・ムーン、サム・フラム・ザ・サン』
マーゴット・ツェマーックを著者にして、『サム・フラム・ザ・ムーン、サム・フラム・ザ・サン』 Some From The Moon, Some From The Sun という題名の本が、2001年に出版された。子供たちだけではなく大人たちにも、時代を越えて愛され続けているいくつかの韻文に、マーゴットが絵をつけた作品だ。これが彼女の最後の本となった。巻末の数ページには、これまでどこにも発表されなかった、マーゴット自身による絵や文章によって、彼女のおおまかなライフ・ストーリーが、愉快に展開させてある。英語圏で古くから広く好まれている韻文というものがたくさんあり、それをいくつか選んでひとつずつ絵をつけて一冊の本にするのが、絵本の世界では伝統のように続いている。そのような絵本の一冊として、マーゴットのこの作品はいつまでも価値を失わない。英語の勉強はこういうところから始めるといい。![]() |
| 『サム・フラム・ザ・ムーン、サム・フラム・ザ・サン』マーゴット・ツェマーック 作 |
| "Some From The Moon, Some From The Sun" by Margot Zemach, 2001 |
(2009年8月9日)
















